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そして私もその一行と(誰も一人では帰りたがらなかつたので、)帰路を共にして仁王門を通り過ぎたが、鎮守の森にさしかゝると一同は水に浸つたかの如く寂としてしまひ、森を出ると誰かゞ「ワツ!」と叫ぶや、てんでに蜘蛛の子を散らすやうに飛び散つてしまつた。無論私も先頭に――。

**第二の場合に属する科学は無論物理学だけではない。それにも拘らず物理学だけがこの名誉を担う。その必然性は自然概念の解釈を之に加えることによって完全に与えられるであろう――後を見よ。今の場合だけではこの必然性は半ばを出ない。

哲郎はもう何も考へる必要はなかつた。彼は女の傍へと往つた。

冬菜精神力でもつているつて、早見先生はおつしやるんですけれど……。

加来その二つの道が次第に大きく分れて、同時に歩けなくなるところから、危篤状態がはじまるんだと思うが、どうです?

(私は終りに断わっておかなければならない。相対性理論の或る発展段階に就いて今与えた簡単な叙述によって、私は相対性理論を支持し得ようとも思わないし、又之を疑い得ようとも思わない。吾々にとって――概念分析を目的とする吾々にとって――、相対性理論の存在は歴史的に現実に与えられた一つの事実でしかない。吾々は之を正に一つの事実として解釈する。即ち概念運動に於ける必然性の現実的表現として之を指摘するまでである。)

そして、汽車が動きだした。

学問性の区別を見出すこと、これは方法論の名に値いする。何となれば、学問性こそ学問に於ける方法概念の最も根柢的な形態であったことを吾々は最初に決めておいたのであるから。

さて論証的学問性を追求する諸科学の内、その代表的なるものは自然科学――特には物理学――である。何となれば自然科学が決定する諸事実の関係は、性格的なる吾々――人々――への意味関係から脱却する処にそれの所謂客観性を有ち、この客観性の把握が先の第一の事実決定の真理に他ならないからである。之に反して透察的学問性を追求する科学の代表的なるものが歴史科学であるであろう。歴史科学が決定しようとする諸事実の関係は、常に性格的なる吾々――人々――への意味関係を保留している処にその特色があるのでなければならない。歴史的世界が人間的と考えられるのは他ではないこの意味に於てである。歴史的世界に在るものは単なる自然ではなくして常に人間の生活であるであろうから。それ故かくて自然科学と歴史科学とはその学問性を異にする。夫々の求める真理は典型を異にするのであり、それであればこそ、自然科学は歴史的世界の生きた内容を理解することが出来ないと考えられ、又歴史科学は自然科学の有つ種類の厳正さ――というのは如何なる科学も或る意味に於て常に厳正でなければならないから――をもつことが出来ないと考えられる。之は夫々の欠点ではなくして、その学問性の――その真理性の――夫々の性格から必然であるのである。二つの学問性の区別を見ることによって、歴史科学と自然科学との性質の相違は根本的に明らかとなることが出来るであろう。今それを見よう。

とでも呼んでごらん遊ばせ、あなたはペンの手をあつちむきのまゝ肩の処まで上げて、

*例えば吾々はLordKelvin-Taitの物理学である“TreatiseonNaturalPhilosophiy-(1867)を有っている。

五月十五日夏の買物、広場で岩本、南、和田と三人で話す

「あら、もう雀がいなくなったわ。すっかり明るくなったから、どこかへ出かけてしまった。」

私は茶の間で、ちょっとお茶をのんだが、食事はやめた。食べたくなかった。お母さんの方へは行かずに、表へ出た。散歩するというわけでもなく、行くところもないので、裏の空地へ行ってみた。あのいやな醜い桜の木がある。通りすぎて、お寺のなかにはいっていった。銀杏樹がすくすくと茂りそびえている。その幹によりかかって、私は泣いた。
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