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ソヴェトで或る組織の中に入って働いている人にとって、生活は一寸他の国で想像の出来ない根柢的な安心がある。そこで革命は無駄にやったことではないと痛感する。

浦しかし、それは文章の書けない、或は文章を書くのが億劫な先生方の、一種の偏見ぢやないでせうか。

雅重うん、うん、もうその話はわかつた。結局、なんでもなかつた、といふわけなんだらう?

B――いや、俺には常に理想がある。自分自身をより善くし、自分の周囲の者達をより善くし、他人をもより善くしたいという、強い欲求がある。そのために俺は、今死んではならない、もっと生きていたい、という念が起るのだ。

かうして、早見博士は、病人に会釈して、座を起ち、細君の冬菜に案内されて別室にはいる。

津丸非常に面白いお話ですが、そのことをひとつ、二十枚ほどで……。

「どうです、散歩しませんか、どつか暖い物をたべる家でも好いんですが、」

浦どちらかつていふと、先生の畑ぢやありませんからな。

処がリッケルトの科学論に於て、直観と概念とのこの対立は、一つの変容を受ける。というのは、彼に於てもその直観は概念に対立するが、直観自身がもはや単なる盲目なる内容ではなくして、すでに形式と結び付いた一つの内容を意味する。之に対応して概念も単なる空虚なる形式ではなくして、すでに内容と結び付いて形式となる。そしてそれにも拘らず前者は単なる内容の、後者は単なる形式の資格を得て、両者は相対立するのである。さてこの意味に於ける直観に於て与えられるものは事実(実在)である。まだ概念的――今述べられた意味に於ける概念的――な加工を経ない処の、そしてまだ科学的に構成されない処の、従って科学的認識に対立する処の事実(実在)がそれなのである。実在は科学的知識に対立する云わば常識的知識であるであろう。今カントのコペルニクス的テーゼによれば(吾々は一旦カントの立場に立っている筈であった)、認識は一般に実在の模写であることは出来ない。仮りに科学は実在がある通りに、之を叙述するものであると云っても、叙述されたるものはもはや叙述される実在と一つではない。故に科学は実在の――事実の――模写ではなくしてその加工であるべきであった。処で加工はこの場合複雑化することではあり得ないであろう、何となれば与えられたものの凡てが事実であり、之を更に複雑にするだけの所与は他にないから。そうすれば加工は単純化でしかあり得ない筈である。事実の単純化によってのみ科学的概念は構成されるのでなければならない。之は現代の認識論的乃至論理学的立場に於て一般的に承認され得る命題であるであろう。併し科学は如何にして事実を単純化するか、之が次の問題となる。

加来ちよつと早見君……いいことを考へつきました。これはまさしくホルモンの変調……。わかりますか、ホルモンの変調……。兄貴にさう言つてくれたまへ。

五日ダディよりの報知、帰ると決心する。

しょんぼりと松尾家の玄関を出ると、

冬菜やつぱり、主治医に遠慮がおありになるらしいわ。

さて学問性は、例えば第一に事物が知覚されるということを其の条件とはしない。何となれば学問性は少くとも物の異同を弁ずる働きに依らなければならないであろうが、之を弁ずるものは知覚に固有な夫々の感官であることは出来ない。凡そ吾々が物に就いてその異同を弁じ之によって或る一個の意見――それは常識的である――を有つことは、個々の感官の働きではなくして、云うならば心の働きでなければならないであろう。そこでこの心の働きである意見(ドクサ)は学問性の条件となることが出来るのであるか。少くとも虚偽な意見は之に耐えることが出来ない、ただ正しき意見だけが之に耐え得るように見える。併し又正しき意見も直ちに真の知識を齎すことは出来ない、人々はみずから目撃したことのないものに就いても、ただ他の人々から聞き教えられた処に基いて、一つの意見を而も正しき一つの意見を有つことが出来るであろう、けれどもその正しき意見が真の知識であることが保証されているとは限らない。処が学問性は無論真の知識の一つの性質でなければならないであろう。そこで学問性の条件は単に正しき意見ではなくして、その意見が何故正しいかを語り説明することが出来るのを必要とする。それは今やロゴスによる――説明し得る――正しき意見であるように見える*(但し説明とはこの場合理由を語ることを指す)。
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